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2008年9月 5日 (金)

 リキ物語 第9話

 てん と リキ
 今リキが、マムシらしき蛇に噛まれてからちょうど一年後、同じ宮川上流へ行きました。リキは1歳と5ヶ月、立派な青年になっています。
 今リキは博多で生まれました。リキの母犬は、リキたちを生むためだけにドイツからやって来たそうです。見に行った時、確かに日本語は通じないようでした。今リキの実家は、元は端正な日本庭園であったらしき所に、犬が走り回っても怪我をしないようにとの配慮でしょうか、砂が敷き詰められていました。納屋を改造した、シェパード飼育室がいくつかありました。何組かの母子が過ごせるようになっています。
 私の元同僚に小倉出身の医者がいます。学会で博多に行った時、その同僚の出身大学の後輩たちと飲む機会がありました。 蛇皮線を抱えて踊りまくっている医者がいたり、先輩のお医者様の背中に馬乗りにまたがりハイードードーと走っている、若くて、すごい美人の女医さんがいたり、後で知る事ですが、その人たちがとっても優秀なお医者さまであったり、圧倒された事がありました。その中のちょっとハンサムな青年を紹介した時の言葉が「こいつシェパードに似ているでしょ、こいつ兄弟は全員シェパードなんです」。シェパード君の父上は、お医者さまとしても有名な方ですが、シェパードのブリーダーとしても、とっても有名な方だそうです。
 にリキが、リンパ肉腫で若死にした時、すぐに、さんリキを飼う事を考えていました。いちリキからにリキへの時も同じですが、すぐに同じシェパードが来る事により、ヒト側の感覚は完全に連続してしまうのです。もちろん、3匹の個体は別々である事は間違いありませんが、私の中では、いちリキ、にリキ、さんリキは、完全に連続して存在しています。
 二人のクローンの女性と恋に落ちたら、もしかしたら、同じような感覚を抱くのかも知れません。クローン人間がまだいなくて良かった良かった。
 今リキは一人で全日空に乗って伊丹にやって来ました。迎えに行ったとき、大きく深呼吸をし、フーと言いました。とっても不安で、そして安心したようでした。今リキが大きいくせに、どこか寂しがりやなのは、全日空に載せられた記憶から来るのかも知れません。
 母親ドイツ犬の今リキですから、ふつうの日本産のシェパードより、遥かに大きく育ちました。1歳と5ヶ月ですでに40Kgを越えていました。今リキの現在の体重46Kgです。
 さて、宮川上流です。片側絶壁の鎖場を通らねばなりません。既に、高い所を通る訓練は行っていましたから、まず大丈夫ですが、念のためハーネスとザイル代わりのリードを付けました。犬用のハンクスは、40kgには心もとないので、登山用のカラビナが付けてあります。でも、本当に40kgリキが落ちたら、絶対に確保はできないだろうと判りつつ、なんなく鎖場を通りすぎました。
 渓流に沿って山道を登って行きます。今リキはいつものように、振り返りつつ2メートルほど前を歩いて行きます。この“振り返りつつ”が本人にとってはとっても重要で、これは彼が群れを先導している証です。もし、シェパードが自分のペースだけで歩くなら、スピードはもっと早くなります。いわゆるオオカミ走りで、スタスタと早足です。リキの昔々先祖が仲間と、トナカイの群れを追って行くときはこの早足でした。この早足で何日も追跡を続けたそうです。だから、リキの振り返りつつは、こちらのペースにあわせて先導している証拠です。
 オーバーハングした岩陰を回り込んだ瞬間、リキがハッと立ち止まりました。「止まれ!リキ」、間に合いました。10メートルほど向こうのやはり岩陰を回り込んだ所に、親子連れが立ちすくんでいました。むりもありません、紀伊山地は日本オオカミ生き残り伝説で有名な地域です。
 脅かして「ごめんなさい」とすれ違いました。リキもニコニコと笑っていました。
 一時間ぐらい歩くと、左側に開けた河原が見えてきます。河原の対岸斜め上流に去年テントを張った段丘が見えます。リキが、こっちを振り向いて、目を輝かせて「エー」と言いました。去年の事を思い出したようです。リキが一人で走って行きました。一目散に河原を走り抜け、川に飛び込み、向こう岸を駆け上って行ってしまいました。そして、去年のキャンプ地におすわりをし、こっちを見て、「早くおいで」と言いました。人間の赤ちゃんが一年後に同じ所に行って、その場所を覚えているわけがありません。人間の年に換算するとして、5歳の時に初めて行った場所を15歳に再び訪れて、覚えていた事になります。犬の記憶力に驚かされました。きっと、臭覚も記憶の大きな部分を占めているのだと思います。
 リキはこの場所でマムシらしき蛇に噛まれています。生体反応から言いますと、一回目より、二回目の方が危険です。だから、本当は先に行かせたくなかったのですが、行ってしまいました。
 さて、今回の本来の目的は、渓流釣りです。昨年来て、アマゴがいる事は判っています。このあたりで最も釣れそうな場所は、キャンプ地の真前ですが、真っ先にリキが荒らしてしまいました。少し、上流に小さい滝の落ち込みと瀞場があります。こここそ、と思い、リキに待てをさせておいて、岩場に登りました。岩場から、瀞場まで2メートルの高低がありますから、リキも邪魔のしようがないと考えたのですが、竿を出して、いい感じで目印がポイントに入って行った時、カワウソのようなシェパードが、竿の下をくぐりました。ずっと下流の砂場から水に入り泳いで来たのです。
 もう、あきらめようかと思いましたが、青柳君と行った初めての渓流釣りをのぞいて、ボウズはありません。一匹でもつり上げずに置くものかと、矛先はリキに向けられました。大きな流木にリードを結びつけリキを繋ぎました。
 さて、釣り、後ろの方でリキが騒いでいましたが、ほっておいて釣りに専念しました。実はリキはほとんど繋がれた経験がありません。ひどい事になるだろうと思った通り、完全にもつれて動けなくなっていました。
 結局、この日はウグイが一匹釣れただけです。こんな山奥の渓流でウグイがいるのと思いましたが、ここには鮎も放流されているようです。ウグイの稚魚は小鮎に混じって琵琶湖からやってきました。そして、ダム湖の増水により源流部までやって来たのです。納得。
 今回は、釣りはあきらめてリキと遊ぶ事にしました。次の日は、天気も良く、まだ6月の終わりですが、夏日でした。気持ちがいいので、短パンを履き、長靴を脱ぎ、トレッキングシューズで水の中に入りました。バシャバシャやりながら、だんだんと深く、流れの速い方へ近づいていきます。リキの方は、もう走り回ったり、泳いだり、投げた木の枝を追いかけたり、有頂天です。こうなってくると、人間の方も、今日はきっと泳ぐ事になるだろうと、薄々判っています。小学校のプール掃除当番の時から、ヨットレースの表彰式まで、この予測は外れた事はありません。
 まだ、はっきりと覚悟は出来ていなかったのですが、足もとが急流にさらわれ、体を安定させようとすると、腰がずぶずぶと水の中に入りました。さらに、水圧が全身にかかり、ふあと体が浮きました。こうなると、抵抗しても無駄で、足を伸ばし、全身で浮力を受けるようにし、頭を岩にぶつけないように両腕で抱え、流れて行くしかありません。
 渓流釣りで、何回か水に流され、自然に覚えたテクニックです。幸い、日本の渓流は変化が激しく、10秒もすれば、静かな瀞場でぽっかりと浮いているか、次の浅瀬に乗り上げています。
 流された所は、岩がU字型に削られ、ウォタースライダーのようになっていました。途中に、やや傾斜の緩やかな所があり、川底のごろごろ石に足をかけて止まりました。突然、後ろから何かがぶつかりました。リキです。おもしろがって着いて来ていたのです。リキともがいているうちに、二匹とも次の急流に流されて行きました。
 リキは、流れの速い所は、少し怖かったのです。でも今日の出来事で、とっても面白い遊びを覚えてしまいました。急流であろうが、海であろうが、暑かろうが、寒かろうが、水を見れば突撃するリキの性格はこの日に完成したのです。そして、渓流釣りの付き添いには全く不向きな犬になりました。
 タオルを持って来てよかった、と体を拭き帰り支度を始めました。と言っても、着替えは車の中なので、ぬれたティーシャツを脱いで、炊事用具とテントと一緒にリュックに入れただけです。
 河原から、林道までの急斜面を登ろうとした時です。リキが耳を立て、ピタと止まりました。獲物を見つけたときの仕草です。そしてダッシュ。
見ると河原を茂み向かって黄色いきれいな毛皮が走っていきます。てんのようです。リキが左、右とフットワークを効かせ、てん君をホウの木の大木の根元に追いつめました。てん君は木の根元に打ち寄せられた流木の下に潜ったようです。するとリキが、左右にジャンプを繰り返しました。オオカミが小動物を獲物にするときの戦法です。ついにてん君は、大木を背に呆然と立ち尽くしました。
 「リキ、やめろ」、いまにも襲いかかろうとしたリキがハッと顔をあげました。そして、こちらを向いてニタと笑いました。そして「ジョウダンジョウダン」と言いました。リキは、子猫や、ウサギ、ペットとして飼われている小動物、そして人間の赤ちゃんを傷つけないように訓練されています。小動物や人間の赤ちゃんの前では伏せをするように教えこまれました。
 この日はてん君が、獲物から守るべき小ペットに、そしてリキが先祖のオオカミからシェパードへ、一瞬にして変わる所を目にしました。
 そのあと、リキはてん君には目もくれず、こちらに向かって歩いてきました。
 
 
 
 
 
 

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