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2008年9月 5日 (金)

 リキ物語 第10話 タイガーとクルージング

 タイガーとクルージング
 
 船が風だけの力で、スーと走り出す時、本当にうれしくなります。大きすぎて、帆走性能が悪く、パーティーをする時だけ便利な今のヨットでも、エンジンをかけずに、そっと舫いを離し、ワーキングジブに裏風を入れてゆっくりと方向を変え、スーと、ポンツーンを離れて行くのは、大航海時代の船乗りになった気分になりワクワクします。
 初めて自分たちのヨットを手に入れた時、クルージングの最初から、終わりまで、ワクワクドキドキ気持ちイイの連続でした。自分たちのヨットを手に入れたと書くと、とってもカッコいいですが、実は、大学祭に模擬店を出し、あっちこっちから女の子を集めて、女の子に飢えている国立大学の学生から巻き上げた五万円で、琵琶湖の貸しヨット屋から、ぼろぼろの中古艇を買ったのが最初でした。
 ナイトクルージングだと言って大津を出発し、風が全くなくなり、雄琴あたりで眠りこけ、起きたら、芦原の中に閉じ込められていた事もありました。全長5メートルのセンターボードの付いた大きめのディンギーですから、閉じ込められたと言っても、ズブズブと芦原に降りて、押せばしまいです。
 この座礁した時の降りて押すスタイルは、もう少し時代が過ぎて、自分たちで、まともに稼いで買った23フィートのヨットの時代までつづきます。小豆島土庄、23フィートのデイクルザーが2艇、可愛い女の子がいるよ、いやあれは子供だよ、とあっちの海岸にフラフラ、こっちの海岸にフラフラ、一日に7回座礁の記録を作った事があります。最初は、「座礁、みんな降りて押せよ」で済みましたが、そのうち誰も降りなくなりました。
 ヨットは、風を斜め前から受けても前進する事ができます。三角形の帆を持ったヨットでなくとも、大帆船時代のたくさんの横帆を持った船でも、帆の角度を変える事により、風に対して切り登る事が出来ます。なぜこんな事が出来るのか、科学少年たちの間で話題になりました。古荘君が、「それは、ベルヌーイの原理である」と言いました。そして、力の方向をベクトルの矢印で記述しました。「ヨットが風に対して45°の角度で前進できるのは、飛行機が飛ぶのと同じ原理であり、帆に働く揚力が原動力である。」古荘君は航空工学について書いた本を持っていたのです。小学校6年生の他の少年達に、そんな事判るわけがありません。
 彼はこのまま大人になり、今は工学部の教授になりました。
 本当に風に対して斜めに前進できるかどうか試してみようと言う事になり、制作が始まりました。模型とか工作とかは、みんなとっても得意だったのです。すでに、熱気球や、ロケットの実験には成功していました。参考にした写真はニースあたりに浮かぶ豪華ヨットだったようで、全長60cm、真っ白の船体、船底は赤、2本マストにブルーのストライプの帆を持つとっても優雅なヨットが出来上がりました。
 さて、実験場所は稲荷神社の池です。かなり季節風の強い日でしたが、われらのヨットは、突風にも転覆せず、30°位のヒールを保ち、みごとに風に向かって45°の角度で登って行きました。 
 対岸に3人の見知らぬ少年がいます。彼らも大きな模型の船を浮かべていました。戦艦大和です。このような状況では当然の事ですが、お互いに敵対心が芽生えます。そのうち、艦砲射撃だと言って、お互いの船めがけて石の投げ合いが始まりました。
 それから数年後、豊中高校で仲良くなった吉田君の家に遊びに行きました。驚いた事に、彼の部屋の出窓に海戦相手であった戦艦大和が飾ってありました。彼とは今も、数人の仲間とともに、同じヨットを共同で持っています。
 タイガーがわが家の家族になった頃、しばらく、渓流ばかり行って遠ざかっていたヨットに再び乗り始めています。30フィート(約9m)の量産艇の中古です。Tiger真夏、サチコと息子のトミーを連れて家を出ました。タイガーも付いて来ます。三重県五カ所のヨットハーバーまで、高速道路がない当時は数時間のドライブでした。
 タイガーはヤンチャ娘盛りです。タイガーを連れて長距離の旅行をするのは初めてでした。タイガーの用便のため、名阪国道を離れ、草原の横に車を止めました。すでに夕方で周りは薄暗くなっています。タイガーの毛色は完全保護色でブッシュの中に入ると、どこにいるのか判らなくなります。タイガーの方からはこっちは見えていますから、彼女は騒ぎません。
 「タイガー帰っておいで、どこにいるの」「------」、「タイガー」「-----」
ますます周りは暗くなり、不安になって来ました。3人でブッシュの中をあっちこっち探しました。実は、タイガーはみんなが見える所でじっとしていただけです。あまりにみんなが騒ぐので、気の毒になったのでしょう、足下で「何ギャオー」、タイガーはずっと側にいたのです。
 彼女のこの性格は、大人になっても続きます。夜、リキを散歩に連れて出ると、必ず途中まで、声を出さずに付いてきます。車からは安全な溝のなかを隠れて伝ってきますから、こちらも気がつきません。家から200メートルほどのところで、「ウギャー、もう帰る」。「なんだ、タイガーいたのか」
 今回のクルージングは、ヨットハーバーが募集した、クルージング教室に同行する形です。塾の先生たちのグループが参加していました。行き先は、紀伊長島、五カ所からは南西へちょうど半日の行程です。
 適当に良い風で、ちょうどトミーに舵をとる練習させるのに好都合でした。もう一艇クルージング教室のヨットが同行しているので、「あの船について行きなさい」、だけで、ほとんど全行程をトミーが舵を取っていました。トミー、小学校4年生です。
 ロビンという16歳の少年が一人で世界一周をする航海記があります。ロビン、リー、グレアム著、ダブ号の冒険、16歳で出航、22歳でお嫁さんを連れて帰還するまでの物語です。
 その中で、ロビンは猫を連れています。その猫が、セールの一番下になる所、フットといいます、で寝ていました。セールは真っ平らではなく、球状に膨らましてあります。一番下の部分は、結構、膨らみに余裕があり、その中に入って昼寝をすると快適です。私も時々腰をかけて居眠りをします。ダブ号の猫は、突然セールの方向が変わり、海に投げ出され、サメに食べられてしまいました。映画ではロビンがサメに向かってライフルをぶっ放しているシーンがあります。タイガーも海に投げ出されたら大変と思いましたが、用心深いタイガーは、セールに登るような冒険はせず、キャビンの奥の、マストの真下、一番涼しい所で昼寝をしていました。
 紀伊長島は漁業基地です。漁師さん達のためのスナックが多いのに驚かされました。彼らはここに家があるわけではなく、船で寝泊まりしているのです。だからスナックがはやります。たくさんの漁船をさけ、港の出入り口近くに船を舫ました。翌朝は暗いうちから、驚かされます。すざましい数の漁船が全速力で出航して行くのです。我々のヨットは、全速力漁船の引き波で、早朝からバッタンバッタン翻弄されました。こちらのマストの金具が隣の船のマスト金具と絡んでしまいました。漁業基地、出入り口に近い所は、繋留禁止、一つ覚えました。
 さて帰路、ほとんど無風です。南の方にある台風の影響でうねりだけあります。8月初めの無風の海、信じがたい暑さでした。仕方がないので帆走はあきらめ、ディーゼルエンジンでゴロンゴロンと走りました。それが7時間も続いたのです。海の上でも、山の上でも、ちょうど良い気候の事はほとんど無く、たいていは寒すぎるか暑すぎるかのどちらかです。人間も参っていましたが、タイガーも暑さで参っていました。犬のように舌をだし、ハッハッハッハと呼吸をしていました。猫の犬式呼吸、初めて見ました。あまりに暑いので、人間の方は、時々ロープを流しておいて、海に入りました。
 五カ所湾の入り口にさしかかった時、2本のネズミ色の棒状の物が浮いていました。何だろうと数メートルまで近づいた時、バシャと音を立てて潜って行きました。昼寝をしていた夫婦のサメです。2.5メートル位の大きさでした。おそらく、ネコザメでヒトを襲う事はなさそうですが、さっき海に入り、ついでにオシッコをした事、もしかしたら、かじられたかも知れないと、ちょっと後悔をしました。ここは外洋です。何がいても不思議ではありません。
 アツーアツーとヨットハーバーに着き、とりあえず船を繋ぎ止め、プールに走りました。プールと言っても深さ70cmのお子様プールです。きっと良い事があるに違いないとタイガーも走って付いて来ました。最初、タイガーは人間がバシャバシャやっているのを、プールの周りを回りながら見ていました。涼しそうな様子に、たまりかねたのでしょう。とうとうプールの中に入りました。最初はちょっと慌てたようです。バシャバシャギャオーでしたが、すぐに慣れ、ネコッカキで泳いでいました。自分から水に入った猫を見たのは、タイガーだけです。
 ヨットと戦艦大和が浮かんでいた稲荷神社の池は、今は埋め立てられて公園になり、子供達の歓声が聞こえます。私の診療所の真ん前です。 

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